半端もの大集合 | 掘り出し物が見つかるかも?

今ここでしかできないことを大切に…

カウンセリング,出会い,個性,障がい,成長

 

これは、世羅町にある「ラ・スカイファーム」の“菊桃”の写真です。(手前の黄色いのは菜の花です。)この時、“菊桃”というのを初めて見ました。世羅町というのは、私(Kumiko)が以前住んでいた尾道市から車で約1時間くらいのところにあり、「観光農園」がたくさんあるのでよくドライブに出かけました。本当はもっと行きたいところがたくさんあったのですが、わずか9ヶ月で東京転勤のため引っ越すことになりました。
いろんな仕事を経験し、いろんな場所に住み、来年の今頃、何処で何をしているかわからないと思うと、一瞬一瞬が大切に思えました。そんな昔の出来事を思い出す度に順次紹介していきます。

 

≫ 一般社団法人世羅町観光協会のホームページはこちらから。


損害保険,生命保険,営業,代理店,自動車保険

仕事の関係で、車がないと生活することができない地域に引っ越した時の出来事です。周りに知り合いが誰もいなかったので、当時の職場の上司がいろいろ面倒を見てくださいました。私(Kumiko)は、生まれて初めてマイカーというものを持ちました。上司が、自動車保険を掛けるならこの人がいいと言って紹介してくれた人がいました。
損害保険・生命保険の代理店の経営者の方です。私がその方にお会いしたとき、思わず言ってしまった言葉は、「○○さんは、保険屋さんらしくないですね。」でした。その方に「それはいい意味ですか?悪い意味ですか?」と聞き返されてしまいました。(笑)もちろん、私はいい意味で言いました。

続きを読む≫ 2016/04/15 11:54:15

障がい,自閉症,就職,知的障害,療育手帳

私(Kumiko)が、ハローワークで障がい者の職業相談を担当していた時のエピソードです。仕事次第で人はこんなに変わるのだと驚きました。
その方は、30代後半の自閉症の男性でした。中学校を卒業して働いていた会社の経営状態が悪くなり、解雇されて母親と一緒にハローワークにやってきました。お話を伺っていると、まじめにコツコツと仕事を続けてこられた様子です。しかし、彼からは働きたいという気持ちややる気があまり伝わってきませんでした。
再就職先を探さないといけないというのはわかっていたと思いますが、どんな会社で働きたいというのも特になく、彼にできそうな仕事の求人を見せてもあまり乗り気ではありません。私一人が一生懸命になって、なんだか空回りしているような感じがしました。

続きを読む≫ 2016/04/03 17:33:03

因島,尾道,桜,新入社員,しまなみ

今日は4月1日。新年度が始まり、あちこちの会社で入社式が執り行われています。公務員をしていた時は、1年で一番緊張して迎える日であり、最もあわただしく一日が終わる日でもありました。行政機関は年度ですべての物事が動きます。つまり節目の日。しかも、多くの人が4月1日付で人事異動するので、移動する人も同じ職場に残る人も、双方にとって大変な日でした。慣れというのは怖いもので、当時は毎年の恒例行事みたいに受け止めていました。
4年前の今日(4/1)、私は因島(瀬戸内海にある小さな島)に本社のある会社の総務にいました。入社して半年が過ぎた頃だったので、仕事にも生活にも慣れ、人生で初めてゆったりとした気分で4月を迎えました。これまで4月は慌ただしい毎日を送っていたので、お花見なんて言う気分ではなかったのですが、この年は今年こそはと思っていました。
そして、この日、新卒と中途入社を合わせて約20人の新入社員がやってきました。因島在住の人も数名いましたが、多くは入社(新人研修)のために引っ越してきていました。総務という職種ともともとの「世話焼きな大阪のおばちゃん」の性格が相まって、私は新入社員のお世話係のようになっていきました。

続きを読む≫ 2016/04/01 13:51:01

ホスピス,精神科,QOL,恩師,大学

私(Kumiko)の大学時代の恩師は、日本で2番目にホスピスをつくった人で、精神科医でした。早めに忘年会の予約を入れないと、忘年会ができなくなるくらい多忙な方で、ほぼ、毎晩のように講演でスケジュールが埋まっていました。そのような方であるにもかかわらず、偉そうなところが全くありませんでした。
学生だった私の目には、ダジャレと川柳をこよなく愛する普通のおじさんに映りました。50代になって初めて大学教授となったその先生は、他の教授陣とは少し違いました。現場での経験を生かした先生の授業は、学生たちにも人気がありました。単なる机上の学問ではなく、生きた学びがありました。ユーモアのセンスを大切にされる方で、どのネタが学生に受けたかを手帳に記録するまじめな先生でした。

続きを読む≫ 2016/03/31 11:03:31

障がい,障がい者手帳,障がい者,療育手帳,特別支援学校

 

私には、重度の障がいを持った妹がいました。そのため、物心ついた時から、障がいを持った人たちが周りにいる環境で育ちました。
その後の人生においても、障がいを持った方々とかかわる機会が多かったように思います。障がいを持った方々のサークルでボランティアをしたり、ハローワークで障がいを持った方々の就労支援を行ったり、障がい者施設を運営する社会福祉法人で働いたこともありました。今ではほとんど忘れてしまいましたが、手話サークルに参加していたこともあります。
私は彼らと普通に友達になりました。車いすに乗った人と一緒に買い物に行けば、陳列棚の上の方にある商品は、私がとってあげます。一緒にお花見に行けば、彼らは私のためにベンチを探してくれます。
私にとってはこういう普通のことが、多くの人にとっては普通でないことに気づきました。障がい者とその介助者という図式があるように思います。何か特別扱いしているように感じることがあります。

続きを読む≫ 2016/03/25 11:08:25

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